熊本地方裁判所 昭和59年(わ)86号 判決 1984年6月22日
裁判所書記官
長島正弘
本店所在地
熊本市健軍一丁目三五番一一号
有限会社天草養魚
右代表者代表取締役
山本喆
本籍
熊本市健軍町四、六九一番地一
住居
同市健軍一丁目三五番一一号
会社役員
山本喆
昭和九年一月三日生
右両名に対する法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官田中喜代重、弁護人河津和明各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
1 被告人有限会社天草養魚を罰金一五〇〇万円に処する。
2 被告人山本喆を懲役一年に処する。
3 被告人山本喆に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
4 訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人有限会社天草養魚(以下「被告会社」という。)は、熊本市健軍一丁目三五番一一号に本店を置き、魚類の養殖及び販売を目的とする法人、被告人山本喆は被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、同被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、
第一 昭和五五年一月一日から一二月三一日までの事業年度において、公表経理上売上げ及び期末仕掛品棚卸高の一部を除外するとともに架空仕入れを計上し、これによる簿外資金で割引農林債券を購入するなどの方法により所得の一部を秘匿したうえ、昭和五六年二月二八日、熊本市東町三番地一五所在の熊本東税務署において、同税務署長に対し、右事業年度における実際の所得金額は六八一二万二二九五円で、これに対する正規の法人税額は二五九五万七一〇〇円であるにもかかわらず、所得金額は六一五万六九七二円でこれに対する法人税額は一二七万二〇〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右正規の法人税額との差額である法人税二四六八万五一〇〇円を免れ
第二 昭和五六年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度において、前同様の方法により所得の一部を秘匿したうえ、昭和五七年三月一日、前記熊本東税務署において、同税務署長に対し、右事業年度における実際の所得金額は七六八八万九八六八円で これに対する正規の法人税額は三〇三九万三三〇〇円であるにもかかわらず、所得金額が五二二万四六一〇円で、これに対する法人税額は六二万七一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右正規の法人税額との差額である法人税二九七六万六二〇〇円を免れ
第三 昭和五七年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度において、前同様の方法により所得の一部を秘匿したうえ、昭和五八年二月二八日、前記熊本東税務署において、同税務署長に対し、右事業年度における実際の所得金額は四七三八万八三四九円で、これに対する正規の法人税額は一七四七万二〇〇円であるにもかかわらず、所得金額が四九一万九一九五円で、これに対する法人税額は二九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右正規の法人税額との差額である法人税一七四六万七三〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示事実全部について
一 被告人山本喆の当公判廷における供述
判示冒頭の事実について
一 被告人山本喆の大蔵事務官に対する昭和五八年五月一九日付け質問てん末書
一 熊本地方法務局登記官作成の登記簿謄本
判示第一ないし第三の各事実について
一 被告人山本喆の検察官に対する昭和五九年一月二三日付け及び同月三一日付け(七枚綴)各供述調書
一 同被告人の大蔵事務官に対する昭和五八年五月三一日付け、同年八月四日付け、同年九月一六日付け、同年一〇月一一日付け、同月一二日付け(一三枚綴)、同月一四日付け、同月一八日付け、同月二四日付け、同月二五日付け及び同月二七日付け(七枚綴)各質問てん末書
一 山本豊子及び高山満の検察官に対する各供述調書
一 高山満の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料及び同年一〇月一九日付け、同月二〇日付け、同月二六日付け、同月三一日付け(二通)、同年一一月一日付け(二通)、同月二日付け(二、三、四五枚綴)、同月四日付け(四、九、一八枚綴)、同月七日付け(四枚綴)、同月八日付け(五四枚綴)、昭和五九年一月三〇日付け各査察官調査事績書
一 大蔵事務官作成の告発書
判示第一、第二の各事実について
一 被告人山本喆の検察官に対する昭和五九年一月三〇日付け供述調書
一 同被告人の大蔵事務官に対する昭和五八年九月七日付け(四枚綴)、及び同月二六日付け(五枚綴)各質問てん末書
判示第一、第三の各事実について
一 被告人山本喆の大蔵事務官に対する昭和五八年一〇月一二日付け(一〇枚綴)質問てん末書
判示第一の事実について
一 被告人山本喆の大蔵事務官に対する昭和五八年九月七日付け(七枚綴)質問てん末書
判示第二、第三の各事実について
一 被告人山本喆の大蔵事務官に対する昭和五八年五月二三日付け、同年六月一〇日付け、同年七月一三日付け、同月一八日付け、同年八月一八日付け、同年九月七日付け(二四枚綴)、同年一一月二八日付け及び同月二九日付け各質問てん末書
一 濱野貞夫の検察官に対する供述調書
一 山本豊子、濱野貞夫、田内定、橋本正喜、関不二夫、森安明、松原秀司、森利隆及び米本徹の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の昭和五八年一一月二日付け(四枚綴)、同月四日付け(三枚綴)、同月七日付け(貸付金及び未払金の確定に関するもの各一通)及び同月九日付け(二通)各査察官調査事績書
判示第二の事実について
一 被告人山本喆の大蔵事務官に対する昭和五八年六月一六日付け、同月二一日付け、同年一〇月二六日付け(七枚綴)及び同月二七日付け(六枚綴)各質問てん末書
一 勇公介、光安信二の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の同年一一月八日付け査察官調査事績書二通(消耗品費及び運賃の確定に関するもの各一通)
判事第三の事実について
一 被告人山本喆の検察官に対する昭和五九年一月三一日付け供述調書
一 浦田昌承の大蔵事務官に対する質問てん末書
一 大蔵事務官作成の昭和五八年一一月八日付け査察官調査事績書(雑収入の確定に関するもの)
(法令の適用)
被告会社の判示第一ないし第三の各所為はいずれも法人税法一六四条一項、一五九条一項にそれぞれ該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告会社を主文第1項の刑に処し、次に被告人山本喆の判示第一の所為は、行為時においては昭和五六年法律第五四号(脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律)による改正前の法人税法一五九条一項に、裁判時においては右改正後の法人税法一五九条一項に該当するが、右は犯罪後の法律により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、判示第二、第三の各所為はいずれも同法一五九条一項にそれぞれ該当するところ、右各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人山本喆を主文第2項の刑に処し、被告人山本喆の懲役刑の執行猶予につき同法二五条一項を、訴訟費用を被告人両名に連帯して負担させる点につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を各適用する。
(量刑の理由)
本件は、判示のとおり、熊本市内に本店を置き、熊本県天草郡竜ヶ岳町に事業所を設けて魚類の養殖及び販売を業とする被告会社の代表取締役である被告人山本喆が、被告会社の会計処理に関し、昭和五五年ないし五七年の三事業年度にわたって、予め架空の銀行預金口座を設けたうえ架空名義で養殖魚を出荷し、その売上代金をこれに送金させる等の方法により売上高の一部を公簿上除外し、或いは全くの架空仕入れを計上したり仕入れを過大に計上する等し、さらにはほしいままに期末仕掛品棚卸高を最高約五五パーセントも除外するなどの計画的かつ巧妙な手段を用いて合計七一九一万八六〇〇円にものぼる法人税の支払いを免れ、これによって得た資金で割引農林債券を購入して裏金として隠匿し、或は関連会社の運用資金に充てたという事案であって、ほ税金額が極めて高額であるばかりか、その態様も取引業者に裏取引に協力するよう求める等悪質であるうえ、租税収入が国家財政の存立基盤であることは言うまでもないところ、申告納税方式が国民意識として定着し、納税義務の意識が確立された現在において、本件の如き脱税事犯は誠実な一般国民の納税意欲を阻害し、「正直者が馬鹿をみる」という風潮を生む虞れがあり、申告納税制度の根幹を揺るがす犯罪と言っても過言ではなく、その刑事責任は重いと断ぜざるを得ない。
しかしながら他方、被告人山本喆は、過去三〇年余りにわたる真珠ないし魚類の養殖人生において養殖業自体不安定な事業であるうえ台風、津波、赤潮等の災害により幾度か経済的打撃を蒙った経験があることから、不慮の災害に備えて資金を確保しておこうと本件各犯行に及んだことが認められ、その動機においてある程度同情すべきものがあること、本件発覚後、査察調査額どおりの修正申告書を提出したうえ本税分合計一億一二〇一万一九二〇円及び重加算税、延滞税の一部四四八万四六六〇円につき銀行借入金で支払済みであり、残金についても税務当局との間で分割納付の合意が成立するなどすでに租税行政上充分な経済的制裁を受けていること、被告人山本には前科前歴もなく、本件で脱税が割に合わないことが骨身にしみた様子が窺われ、今後は税務当局の指導に従って申告する旨述べており、再犯の虞れも殆んどないと考えられることなど被告会社及び被告人山本に有利なまたは同情すべき事情が認められるので、これらの情状を斟酌したうえ主文のとおり量刑した次第である。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 仲戸川隆人)